「まだ?」と振り返ってくれたチーター、Ntombiのこと

南アフリカ・Tshukuduで出会った3きょうだいの物語を、8年後に知りました。
※この記事には、野生動物の狩りの写真が含まれます。
2018年、ある朝のこと
「明日はチーターと一緒に歩ける。」
そう思うだけで、前日の夜から胸が高鳴っていました。
私は昔から動物が大好きで、猛獣だから怖いという気持ちはほとんどありません。だから南アフリカ・ホードスプロイトにあるTshukuduでチーターに会えることが、この旅で一番楽しみでした。
朝、ロッジのスタッフが小さな笛を吹きます。
しばらくすると、一頭のチーターがゆっくりとこちらへ歩いてきました。
その子の名前は Ntombi(ントンビ)。女の子のチーターです。
初めて目の前で見たチーターは、思っていたより大きくは感じませんでした。そっと撫でると、静かにそのまま座っています。

夫は少し緊張しながら手を伸ばしたら、「シャー」と威嚇されてしまいました。でも私が触れると、Ntombiは落ち着いたまま。
もちろん偶然だったのかもしれません。
それでも、あの瞬間は少しだけ受け入れてもらえたような気がして、とても嬉しかったのを覚えています。
そうかと思えば、人がすぐそばに立っていても、ごろんとお腹を見せて寝転がることがありました。
猫が甘えるときと同じ、いちばん無防備な格好です。

一緒に歩いた朝
スタッフの方と一緒に、Ntombiと歩き始めます。

人に育てられたチーターだからといって、ずっと人の横を歩くわけではありません。気になるものがあると、ふらっと草むらへ入っていく。好きなように歩いて、また戻ってくる。
本当に自由気ままでした。
でも、私たちが少し遅れると──
Ntombiは立ち止まって振り返ります。
まるで、
「まだ?」
と言っているような表情で。


その姿が本当にかわいくて。今でも一番よく覚えている光景です。
野生へ戻る瞬間
歩いている途中、どこかで鳥が鳴いたり、草むらがガサッと動いたりすると、Ntombiの表情が一瞬で変わりました。
耳が動き、体がピンと緊張する。
さっきまで人と歩いていた子とは思えないほど、一瞬で野生の顔になるのです。

その姿を見たとき、
「ああ、この子はちゃんと野生なんだ。」
そう思いました。
人のそばで育ったとしても、野生の本能は消えない。その瞬間が、とても印象に残っています。
3頭が人に育てられた理由
Ntombiたちが人と一緒に歩けるのには、理由がありました。
3頭の母親の名前は、Savahanna(サバンナ)。Tshukuduが最初に育てたチーターでした。
Savahannaは大きくなったあと野生へ戻り、何頭もの子どもを産みました。ときどきロッジへ顔を見せに戻ってくることもあったそうです。
けれど、あるときライオンに襲われて亡くなりました。
残されたのが、Ntombi、Hunter、Floppyの3頭です。まだ小さかった子どもたちを、ロッジの人たちが引き取って育てました。
だから3頭は、人を怖がりません。
でも、飼われているわけでもありません。
保護区の中で自由に暮らし、自分たちで狩りをして、気が向いたときにロッジへやって来る。そういう距離感で生きていました。
HunterとFloppy
Ntombiには兄弟がいました。Hunter(ハンター)とFloppy(フロッピー)。
といっても、この時点ではまだ会えていません。
スタッフの方によると、2頭はブッシュで暮らしていて、ロッジに顔を見せるのはたまにだけ。Ntombiのように人と一緒に散歩することもないそうです。
名前と、そういう兄弟がいるということだけを聞いていました。
当時の私は、
「兄弟はいつも一緒なのに、Ntombiだけ一頭なんだ。」
「少し寂しそう。」
そんなことを思っていました。
でも、それは8年後に間違いだったと知ることになります。
その日の夜、兄弟は狩りをしていた
Ntombiと歩いた日の、夕方のことです。
ゲームドライブに出かけた私たちは、HunterとFloppyが狩りを終えたばかりの場面に出会いました。
名前だけ聞いていた2頭に、初めて会ったのがこの場面でした。
真っ暗な中、ガイドさんが懐中電灯で照らしてくれます。
仕留めたばかりのインパラ。まだ目が光っているように見えて、少し怖さも感じました。

それまで「かわいい」と思って見ていたチーターが、自分の力で獲物をとる動物なのだと実感した瞬間でした。
でもガイドさんは落ち着いて説明を続けます。それがアフリカの日常なのだと教えてくれました。
翌朝
翌朝ロッジへ行くと、HunterとFloppyは建物の近くで、気持ちよさそうに寝転がっていました。
たまにしか来ないと聞いていた2頭が、ちょうどその朝に来ていたのです。
スタッフの方が笑いながら言いました。
「昨日たくさん食べたから、お腹パンパンなんだよ。」
本当にその通りでした。

狩りをしていたのが前の晩の18時すぎ。それから12時間ほどしか経っていません。
あの暗闇でインパラを仕留めた2頭が、朝日の下でお腹を上に向けて寝ている。同じ動物とは思えないほど、のんびりした顔をしていました。

お腹をいっぱいにした2頭は、のんびり寝転び、ときどき兄弟でじゃれ合い、毛づくろいをしていました。


20分ほど、その穏やかな時間を一緒に過ごしました。
その姿を見ながら、
「仲のいい兄弟だな。」
と微笑んでいました。
日本へ帰ってからも
日本へ帰ってからも、Tshukuduで撮った写真は何度も見返しました。
Ntombiが振り返る姿。HunterとFloppyがじゃれ合う姿。前日の夜に狩りをして、翌朝にはお腹いっぱいで寝転がっていた兄弟。
どの写真を見ても、「また会いたいな」と思っていました。
「いつか、もう一度南アフリカへ行こう。」
そう思っていたので、その日が来るまで、3頭がずっと元気でいてくれるような気がしていたのです。
2026年、ホームページが消えていた
2026年。
ふと、Tshukuduのことを思い出しました。
懐かしくなってホームページを探してみると、以前のページが見つかりません。
「もしかして閉まってしまったのかな。」
少し不安になって調べているうちに、ロッジの連絡先を見つけました。
誰が読んでくれるのかも分からないまま、思い切ってメールを書きました。
「2018年に日本から訪れた由美です。NtombiやHunter、Floppyは元気ですか?」
本当は少し怖かったんです。
でも、どうしても知りたかった。
届いた返事
数日後、Stevenさんという方から返信が届きました。
最初の一文は、とても嬉しい言葉でした。
「Tshukuduでの思い出を大切にしてくれていて、とても嬉しいです。」
その一文を読んで、自然と笑顔になりました。
でも、その先を読んだ瞬間。
涙が止まりませんでした。
Ntombi。
Hunter。
Floppy。
3頭とも、もうこの世にはいませんでした。
それぞれが生きた時間
Stevenさんは、一頭一頭について丁寧に教えてくれました。
Ntombiは、人のそばにいることが大好きな、美しいチーターだったこと。
HunterとFloppyは、ブッシュへ出ていったあとも、ときどきロッジへ顔を見せに戻ってきていたこと。
Hunterは、野生のメスとの間に3頭の子どもを残したこと。
そして、お母さんのSavahannaも、たくさんの子どもを産み、12歳まで生きたこと。
どの子も10〜12歳。チーターとしては自然な寿命だったそうです。
野生では、ライオンやハイエナに襲われることも珍しくありません。
頭では分かっていました。
でも、心はなかなか追いつきませんでした。
あの頃の私には、知らなかったこと
2018年。私はNtombiを見て、
「一頭でかわいそう。」
そう思っていました。
兄弟のHunterとFloppyはいつも一緒。でもNtombiだけは、一頭でした。
「女の子がもう一頭いたら、一緒に過ごせたのかな。」
そんなことまで考えていました。
でも、その後メスのチーターは、もともと一頭で生きる動物ということを知りました。
一方でオスは、兄弟で「コアリション」と呼ばれるグループを作り、一生を共に過ごすことがあります。
つまり。
あの頃のNtombiは、寂しかったわけではありませんでした。
あれが、Ntombiらしい生き方だったのです。
そのことを知った時、8年前の思い出が少しだけ違って見えました。
何が幸せなんだろう
Stevenさんからのメールを読んだ夜。私は、ずっと同じことを考えていました。
野生だから仕方ない。ライオンやハイエナに襲われるのも、自然の一部。
それは分かっています。
でも。
もし、ずっと人に守られていたら。3頭はもっと長く生きられたんじゃないか。
そんなことを考えてしまいました。
でも、その一方で思ったんです。
それは、本当に幸せだったのかな。
自由に草むらを歩き、動物の気配に耳を澄まし、兄弟で狩りをして、野生で子どもを残し、自分の力で生きる。
その人生と、安全な場所で長生きする人生。
どちらが幸せなのか、私には答えが出ません。
きっと、これからも答えは出ないと思います。
でも、一つだけ確かなことがあります。
2018年のあの日。
Ntombiは、私が少し遅れるたびに振り返って待ってくれました。
「まだ?」
そんなふうに笑っているような優しい表情を、私は一生忘れません。

ありがとう、Ntombi。
ありがとう、Hunter。
ありがとう、Floppy。
そして、あの子たちを大切に育て、8年後もこうして一頭一頭の物語を伝えてくださったStevenさんとTshukuduの皆さんに、心から感謝しています。
※この記事は2018年5月に訪問した際の記録です。 その後の情報については、2026年にTshukuduのスタッフであるStevenさんからいただいたご返信をもとに掲載しています。
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